「イヤイヤイヤ、待て待て待て。」
それまで男の子の行動をじっと見ていたエルネスが男の子の首根っこを捕まえて、ひょい
と持ち上げた。親子も驚いたが、男の子もさすがに足が地面から離れたことに驚いたのか、
無表情だった顔に少し変化があった。エルネスは男の子を、店のカウンターの席に座らせ
ると目線を男の子にあわせて身をかがめた。
「飯を食わせてもらったんだ、ちゃんと作ってくれた人に対してごちそうさまはいえ。」
いささか何か言うにしてもポイントがずれているような感じがするが、エルネスはいたっ
て真面目に男の子をみていた。男の子も無表情ながらじっと、エルネスをみる。そして少
しの間沈黙が続き、男の子は体の向きを、カウンターの奥にいるリームの母親の方に向け、
ぽつりとつぶやいた。
「…ごちそうそまでした…。」
静かにしていないと、かなり聞こえにくい声だったが、リームの母親にはきちんと聞こえ
たらしく、優しく微笑むとお粗末様でしたと返した。その様子に満足したのかエルネスは
男の子の頭をわしわしと撫でる。
「よっしゃ、よく言えたな。」
そういって男の子の顔を見ると、なんでだか先ほど首根っこを掴まれて持ち上げられたと
きよりも、驚いた顔をしていた。
「?撫でられるの嫌だったか?」
それはすまなかった、と言いつつ手を引っ込めたが男の子は驚いたままエルネスをじっと
見ている。エルネスは不思議に思いつつも、男の子の姿をもう一度よく見た。足は裸足の
まま薄汚れているので、一見どこか貧乏な暮らしをしている子なのかと思うが、着ている
服は、むしろいい材質が使われているのがよく分かる綺麗なものだった。とりあえず、話
を聞いてみようと思い、エルネスは男の子に話しかけてみることにした。
「俺の名前は、エルネス=クレスタだ。お前の名前は?」
問いに対して、男の子は何も返さない。表情が無表情に戻っているため、微妙に言葉が通
じているのかも、エルネスには分からなかった。
― 一応、さっきごちそうさまがいえたから言葉は分かっているはずだが
もう一回尋ねようかと、口を開こうとしたところでまた小さな声がした。
「……ソルア……。」
急に返ってきたので、エルネスはそれが名前だと理解するのに、数十秒の時間が必要とな
った。
「そうか、ソルアか。ソルア、自分の家の名前はいえるか?」
また質問に対する答えは、すぐには返ってこなかったが、さすがに三度目なのでエルネス
もゆっくり待つことにした。思考回路が人より数倍遅いんだなと、少し失礼な考えを持ち
つつ、待つこと数十秒で、答えは返ってきた。
「言えない…。」
「?それは知らないってことか…?」
少し変わった答え方をしたのに、エルネスはふむと思ったがそれに対する質問はできない
ままとなった。急に柄の悪そうな兵士達が、店に押し入ってきたからである。
「失礼する。」
言葉道理の気持ちなどみじんも抱いていないような態度で、兵士の一人が言った。その態
度に怖がったリームを母親は後ろに隠し、その二人とソルアをを背にかばうように、エル
ネスは前に出る。
「誰だ、あんたら?」
兵士に負けず劣らずの柄の悪さでエルネスは言葉を返す。案の定兵士の一人が、その態度
が癇に障ったらしく声を荒げる。
「なんだその態度は、お前!?」
荒げる声に驚いて、リームの短い悲鳴が聞こえ、エルネスの眉間に皺が刻まれる。
「だから聞いてるんだよ。あんたら月の兵士じゃねぇよな、どこの国の兵士だ?こんな大所帯でなんで月の国を闊歩している。」
エルネスの態度に対して兵士の機嫌は悪いが、それを上回るようにエルネスの機嫌も悪く
なっており、それが言葉の端々ににじみ出ていた。それはもちろん相手の兵士達にも伝わ
っていたらしく、向こうの声の大きさもどんどん上がっていく。
「貧しい月の国の、ましてや貴様のような下民に話すことなど何もないわ!!」
そういって兵士の一人がエルネスの胸倉を掴み上げた。エルネスの眉間の皺がますます深
くなる。しかしそれは、兵士の言った言葉の内容や、胸倉を掴まれていること、というよ
り、兵士の大きくなった声の音量に対してのものである。





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